書評:アジャイルサムライ―達人開発者への道
オーム社様と監訳者の方々より献本いただきました。厚くお礼申し上げます。ありがとうございます!
- 作者: Jonathan Rasmusson,西村直人,角谷信太郎,近藤修平,角掛拓未
- 出版社/メーカー: オーム社
- 発売日: 2011/07/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 42人 クリック: 1,991回
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はじめに
まずは「読者の声」から:
最初は、軽いノリの入門書だろうと高をくくっていた。「マスター・センセイ」だし、そもそも「サムライ」だし。でも、そんなに甘くない。軽い文体とは裏腹に、アジャイルな開発のありかたが、きわめてロジカルかつ網羅的に語られている。ありそうで、なかった本。手元に置いておけば、きっといいことがあるはずだ。
> 和智右桂 『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』訳者
私はこの本に査読者として関わらせていただきました*1。原文も含めてかなり丁寧に読み込んだという自負はあるのですが、「読者の声」として書かせていただいたのはそのときの率直な印象です。要約すればこの言葉に尽きるのですが、書評としましては、「アジャイルな開発のありかたが、きわめてロジカルかつ網羅的に語られている」この一文をもう少し展開することにします。
アジャイルな開発のありかた
「アジャイル」という言葉はずいぶんと色々な誤解に取り巻かれているように思います。端的に言えば「ウォーターフォールに対するアンチテーゼ」という側面に目が行きすぎて、ウォーターフォールのいやなところを解消してくれるもの、というイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。「あの大量のドキュメントから解放される」と思っているエンジニア、「いつだって要件を変えていい」と思っている顧客・・・。確かにアジャイルならそういうこともできるかもしれませんが、そのためにやらなければいけないことがあるはずです。
「アジャイルな開発のありかた」という表現をしたことには理由があります。この本の中心に据えられているのが、ペアプロやテストファーストといったプラクティスに留まらず、そもそものアジャイルの目的であるということを伝えたかったのです。第1章「ざっくりわかるアジャイル開発」を開くと、まず目に飛び込んでくる絵にはこう書かれています。「お客さんにとって価値ある成果を届ける・・・毎週ね!」―動くソフトウェアを顧客に届け、そこからフィードバックを受け取る。そのためにどうすればよいか、ということが語られている本なのです。
ロジカル
文体の軽さと論理的な厳格さは両立し得るものだということを、私はこの本で学びました。「ロジカル」という言葉で表現したかったのは、「構造がしっかりしている」ということです。どの話も、ベースとなっている理念から始まり、それを実現するためにはどうすればよいかが1つ1つ積み上げられて語られています。
これは言い方を変えると、この本を読むことでそれぞれのプラクティスを「なぜやらなければならないのか」がわかるようになるということであり、同時に「実際にどう使えるか」がわかるようになるということです。たとえば、本書のハイライトのひとつである「インセプションデッキ」の説明も、「プロジェクトがだめになってしまうのは、最初の認識が合っていないからだ」という話から始まっています。そして、インセプションデッキをはじめ、リリースボードやバーンダウンチャートについても、実際にどう使うのかということが丁寧に(そして面白く)語られているのです。単純な「書き方」を示したハウツー本とは一線を画していると言っていいでしょう。
網羅的
「アジャイル開発が大切にしている価値とは何か」から始まり、チーム作り、認識合わせ、計画作り、要件定義、イテレーションの回し方、さらにはユニットテストやリファクタリングといったかなり具体的なプラクティスまで、アジャイル開発を実践する上で必要になるであろうことが一通りこの薄さに収まっています。ではその分表層を触っただけかというと、そんなことはありません。たとえば、ユーザーストーリーとして書き留めておくべき要件の粒度やそれをどう使うかといった話にもきちんと触れられています。
逆にアジャイル開発に関する本を何冊か読んだことがある人であれば、「いまさらこの薄さの本を読む必要はないだろう」と思うかもしれません。しかし、そんなこともありません。インセプションデッキの話は本邦初公開ですし、それ以前にチームメンバーに求められるロールや、運営の手法など、必ず新しい発見があるはずです。
なぜこんなことができるのか正直不思議なのですが、おそらくは「豊富な実践によって蓄積した知識を自分の言葉で語っているだけ」ということなのでしょう。「恐ろしく頭のいい人」それが私が著者に対して抱いているイメージです。
最後に
翻訳書として見たときに、本書の素晴らしいところをあとふたつ挙げておきましょう。1つは「訳質」、もう1つは「監訳者あとがき」です。訳質については実際に手にとってご覧いただきたいのですが、翻訳であることを意識させないレベルで完璧な日本語になっています。また、訳語の選択についても練られていて、「期待マネジメント」という少し耳慣れない言葉に対しては、日本語版だけのコラムが付いていたりもします。監訳者あとがきも必読です。本書の内容について整理しつつ、アジャイルの歴史の中にしっかりと本書が位置づけられています。アジャイル開発について学びたい人のための金字塔が打ち立てられたことを、心からお祝いします。「とにかく読んでみてください」が私からのメッセージです。
「アジャイル」という言葉を見て、「自分には読む必要がない」と思ってしまう人がいるかもしれませんので、すこし蛇足を加えます(そういう方がこのエントリを読んでいるかどうかは甚だ疑問ですが)。ここで語られているのは、「顧客に価値を届けるための方法」です。たとえ職場がウォーターフォールであっても、Wordで要件定義書を書くのだとしても、この本で語られている内容は必ず役に立ちます。副題にある「達人開発者」とは、「コードを書く人」ではなく、「顧客の願望をかたちにして届けることのできる人」なのですから。
※なお、冒頭にAmazonのリンクを貼りましたが、PDFが必要な方はこちらのオーム社さんのサイトからご購入することをお勧めします。
http://estore.ohmsha.co.jp/titles/978427406856P
- 作者: Jonathan Rasmusson,西村直人,角谷信太郎,近藤修平,角掛拓未
- 出版社/メーカー: オーム社
- 発売日: 2011/07/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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*1:実は人生初の査読でした