対人TDD:意見の対立をデバッグせよ〜『組織を変える5つの対話』解説 III 〜

2024/3/5にオライリー・ジャパン様より出版された拙訳『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』からすぐに使える具体的なテクニックの紹介

 

導入

解説I解説IIでは本書の背景にある思想について扱ってきました。今回は予告通り具体的なテクニックについて解説していきたいと思います。

 

本書において組織変革のゴールとして目指しているのは、いわば「適切な権限委譲と現場での柔軟な意思決定による機動的な組織運営」と言えるでしょう。これは、次に挙げる5つの対話を通じて組織文化を整えていくことで実現できるとされています。

  • 信頼を築く対話
  • 不安を乗り越える対話
  • WHYを作り上げる対話
  • コミットメントを行う対話
  • 説明責任を果たす対話

まずは信頼関係を築き、心理的安全性を確保して、共通の理念を持つ。さらに、それを基盤として、約束をして説明責任を果たすループを繰り返していくという流れです。

 

今回はその基礎となる「信頼を築く対話」で紹介される「対人TDD(人のためのテスト駆動開発)」について解説していきます。

対人TDD

先に「対人TDD」(翻訳では「人のためのテスト駆動開発」)の名前の由来について「テスト駆動開発」という名前がついてはいますが、「一歩ずつ確認しながら進むことで安心感を得られる」という意味が大きく、「レッド/グリーン/リファクタリング」というサイクルとはあまり関係がありませんので、ご注意ください。

さて、この対人TDDは意見の対立を解消するために使えるテクニックです。意見が対立した場合、みなさんはどうしているでしょうか?例えば「自分の意見の正しさを細かく論じる」というやり方が考えられるかもしれません。確かにひとつのやり方ではありますが、うまくいかないときにはトコトンうまくいきません。意見の異なる2人がそれぞれ自分の意見を言い合っているけれどまったく結論が出る気配がない、という場面を目にしたことがないでしょうか。傍目で見ていると「こういうことなのでは?」と思うことはありますが、自分が当事者になったときにどうすればいいのかはなかなかわからないものですよね。この問題に対して方針を示してくれるのが対人TDDです。

対人TDDの基本的な考え方は「人が意見を形成するプロセス」をモデル化したうえで、意見がズレている場合にそのプロセスを1つずつ検証することによって、どこまで合意できていてどこで意見がズレているのかを明らかにするというものです。「ここまでは合意できている」ということを確認しながら先に進める点をTDDと呼んでいるんですね。

 

この人が意見を形成するプロセスが「推論のはしご」として説明されます。これは目にするものを元に行動に至るまでの思考過程をはしごとして分解してたものです。

  1. 観察可能なデータ
  2. データの選択 - 人は目にしたものをすべてフラットに評価することはなく、何らかの取捨選択をします。したがって、自分が目にしてはいるけれど気にしていないことを相手が重視していることがあり得ます。
  3. 意味 - 選択したデータに対して何らかの意味を与えます。
  4. 仮定 - 自分で付け加えた意味に基づき仮定をします。
  5. 結論 - 結論を出します。
  6. 信念 - 結論に対して自分の信念/価値観を加えます
  7. 行動 - 実際に行動に移します。

これらのうち、外から見えるのは「1.観察可能なデータ」と「7.行動」だけです。同じものを見ているのに行動がズレるのは、2〜6のどこかで違いが出ているということです。その違いを明らかにするために、「はしごを一段ずつのぼる」ことが推奨されます。選択した行動について議論しても落とし所は見つからず、データの選択やそれに対して付与した意味(解釈)といったところから順番にズレていないか確認していくのです。

具体的な例として本書では、新しく開発チームに入ったメンバーが「ビジネスロジックが難解なので自分は触れない」と主張しているケースが取り上げられます。元々のメンバーは最初「ビジネスロジックリファクタリングしろ」と言われていると感じますが、一つずつ紐解いた結果、お互いが次のように考えていたことが明らかになります。

結果として、「新規参入メンバーがビジネスロジックを理解できるようになるよう古参メンバーの一人がサポートする」という結論で合意することになります。

なぜ信頼につながるのか

本書では、信頼関係が築ける条件の一つとして「出来事に対する解釈が一致していること」があげられます。価値観が異なるせいで結論が異なるとしても、「これってこういうことですよね」までが合意できていて、その先も「あなただったら確かにこう考えるよね」が予想できれば、異なる結論を出す相手とも信頼関係を築けるでしょうし、妥当な落とし所を見つけることもできるでしょう。

おわりに

対人TDDは応用範囲が広いので、ぜひ実践していただきたいテクニックです。ただし、そのために「推論のはしご」を暗記する必要はありません。ポイントは、意見が対立したときや自分の意見にうまく相手が納得してくれないときに、意識を「どう自分の意見を説明すればいいか」ではなく、「相手はどこで引っかかっているのか」にシフトさせることです。「どこまで合意できているのか」「どこで意見がズレているのか」「そのズレは何に起因しているのか」など。そういう意識をもって対話することで、意見の対立の原因を探り、適切な落とし所が見つけられるようになるはずです。

 

次回は心理的安全性について見ていきたいと思います。

 

to be continued...

 

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