アジャイルの敵はウォーターフォールではない〜『組織を変える5つの対話』解説 I 〜

2024/3/5にオライリー・ジャパン様より出版された拙訳『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』の内容を解説します。


 

導入

アジャイルが語られる時によくやり玉に上げられるのがウォーターフォールなのですが、この対比についてしっくりこなかった人も多いのではないでしょうか。「計画的に進める」とか「設計工程を段階的に進める」といったウォーターフォールの特徴に関して言えば、アジャイル開発においても計画はもちろん大事ですし、「アジャイルだから設計をしなくていい」とか「アジャイルだからドキュメントを作らない」という話もさすがに最近は聞かなくなっている気がします。「じゃあ、アジャイルウォーターフォールの違いって何だろう?」という話になるのですが、インクリメンタル開発にしても、ウォーターフォールの終盤戦で「段階リリース」をやるのはいつものことですし、バーンダウンチャートを引くからといってガントチャートから解放されるわけでもない。進捗会議を立ってやるか座ってやるかの違いなんて悪い冗談。「いつまでも机上でやってないで、さっさと動くものを見せなさい」は正しいけれど、別にウォーターフォールだってプロトタイプを作るわけで。

 

と、やや誇張して書いてきたわけですが、それでもやはり我々は「アジャイル」の考え方を初めて聞いたときに何か現状をもっとよくする可能性を感じたはずです。では、我々が魅力を感じたアジャイルの本質とは何だったのでしょう?そうしたモヤモヤをスッキリとさせてくれるのがこの本の主張です。曰く「我々が戦うべきはテイラー主義である」と。

テイラー主義とは

テイラー主義とは科学的管理法とも呼ばれる、20世紀初頭に機械技術者だったフレデリック・テイラーにより提唱された労働管理の理論です。作業効率を最大化し、生産性を向上させることを目的としますが、その根底には「何をするかは偉い人(プロの管理者やコンサルタント)が考えて、労働者は頭を使わずに決められた通りにひたすら手を動かせば良い」という発想があります。テイラー主義の説明をしている象徴的な一文を本書から引用します。

管理職は、すべての部品がどのように動くかを設計し、正しく動作するかどうかをチェックする機械工でした。労働者は単なる交換可能な歯車にすぎず、許容された範囲内で仕事をするか、そうでなければ欠陥があるとして廃棄されました。コミュニケーションはトップダウン方式で、命令と訂正のみでした。対話も協業も求められませんでした。思考に関しても、指示された仕事をこなす以上にはまったく必要とされなかったのです。(p.4)

このテイラー主義はソフトウェアの世界にも持ち込まれましたが結果としてはうまく機能せず、CHAOS Reportに代表されるようなソフトウェア開発の失敗例が報告されることになります。読者の方々の中にも、与えられた仕様を開発標準に従ってただひたすら実装することだけを求められた経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。それに対するアンチテーゼとしてソフトウェア開発の現場から提唱されたのが人間中心のアプローチであるとされます。

本書の1章はこうした人間中心のアプローチとして、アジャイル、リーン、DevOpsがいかに生まれたか、そしてプラクティスに目を奪われた結果、結局テイラー主義に戻っていってしまう過程が紹介されることになります。

人間中心アプローチを成功させるために

非人間的な大量生産のパラダイムを脱するための鍵は「人」です。人間中心のアプローチを成功させるためにはプラクティスを導入するだけではダメで、分業を廃して協業を重んじるように組織文化を変革しなければいけません。そのための手段が対話だとされます。

ここで「大事なのは対話だ」と言われるとガッカリする方もいらっしゃるのではないでしょうか。「いや、話ならしているよ」と思われる方も多いと思います。そこでここでは一つ、本書から「真摯な質問」という概念を紹介します。

仕事をするうえで日々数えきれないほどのコミュニケーションをしていると思いますが、その中で「結果によって自分の中の結論を変えるつもりがあるコミュニケーション」をどのくらいしているでしょうか。相手の話を聞く、あるいは積極的に質問するとしても、それは自分のための情報や相手の説得材料(反論ポイント)を集めているだけで、実はその内容によって自分の考えを変えるつもりがないということはないでしょうか。ドキっとした方は次に挙げる真摯な質問の特徴を改めて見てください。質問の形をしていても、この特徴に反する問いかけをしていることは少なからずあるのではないでしょうか。

  • 本当に答えを知りたい
  • 答えを聞いて驚くことがあってもそれは当然である
  • 答えに応じて自分の考えや行動を変えることをいとわない

このように本書の根底にあるのは、日々コミュニケーションを取っている、と思っていても見落としがちな基礎です。そのうえで、自分の日々の対話を診断しながら、自分のコミュニケーションを改善していくためのプラクティスが豊富な具体例と共に紹介されます。本書で紹介される5つの対話を着実に実行していけば、確実に組織文化を変えていくことができるでしょう。「コミュニケーションなら十分にやっている」という方にとっても示唆に富む内容であることは間違いありません。

 

具体的な内容については次の記事でご紹介していきたいと思います。

 

to be continued...

 

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