発表:カフェインの摂り過ぎにご注意

産業革命期以降における生活の根本的な変化を題材に、今のエンジニアの生活に警鐘をならすLinda Rising氏の発表の要約と若干のコメント。

要約



アジリティ:個人レベルの可能性
Agility: Possibilities at a Personal Level

  • コーヒー、紅茶、コーラといったカフェインを含む飲み物は、世界中で飲まれている。
  • カフェインは石器時代から知られていたが、最近になるまでは重要な役割を果たすことは無かった。
  • 産業革命1800年頃のイギリスにおいて起こった。そこで重要な役割を果たした要素はたくさんあるが・・・
  • 時計の精度が向上したのは、カフェインが使われ始めた時期と一緒。
  • 時計とカフェインが近代市民社会の発達に大きな影響を与えている。
    • "Command and Control"
  • 昔は朝食にビールを飲んでいた。
  • 昔のことわざ
    • ワインには知識が住み、
    • ビールには自由が住み、
    • そして水にはバクテリアが住んでいる。
  • それが朝食にカフェインを摂るようになった。
    • 水を沸かすことで、殺菌ができる。
    • コーヒー、紅茶、時計と工場は同時に現れた。
  • 昔はいつ寝て、いつ起きるかということは太陽と季節に従っていた。
  • 今は時計によって定められたスケジュールに従って生活しなければならない。
  • アルコール中毒から仕事中毒へ
    • カフェインによって眼がさえ、仕事ができる。
    • 週末には死んだように眠る。。。
  • カフェインが体に入ると
    • 脳を含めた体中のあらゆる細胞に行き渡る。
    • 睡眠を促すアデノシンの作用を抑制し、目が覚めた状態を保つ。
  • 新陳代謝に関して
    • カフェインの作用は体重に応じて決まる。
    • 成人なら3.5時間で分解されるが、妊娠した女性だと10時間かかる。
    • 胎児や乳児はカフェインを分解できない。
  • ニコチンはカフェインの分解作用を高める。
    • タバコをすうほど、コーヒーが飲めるようになる。
  • 睡眠不足がもたらす悪いこともある。
    • 睡眠不足の状態ではベストの状態が作れない。
    • 続くと脳の老化が早まってしまう。
  • 例を2つ
  • 子供にとっては
    • サンタクロースが今の格好で定着したのは、実はコカコーラのCMのせい。
  • さらにカフェインが強い飲み物が売られている。
  • そして今は?
    • ほとんどの人間がカフェインを飲んでいる。
    • 子供でも簡単に買える。
  • カフェインによって無理に適応しようとしているのではないのか?
  • 休息はカフェインに勝る。
  • 内向的な人と外向的な人
    • 単純作業では、カフェインによって能率が上がる。
    • 複雑な作業では、外向的な人の能率は上がる傾向があるのに対し、内向的な人の能率は下がる。
  • 薬を投与されたクモの巣を比較する実験
    • カフェインを摂ったクモはほとんど巣をはることが出来ていない。
    • 「こんなプログラムがつまれた飛行機に乗りたくないわよね?」
  • カフェインの実験の難しさ
    • ほとんどの人が通常飲んでいるので。
  • アジャイルは新しいカフェインか?
  • 副作用は無いのか?
  • 産業革命期に良かったことが、今でもいいと言えるのか?
  • 答えはありません。ただ、問いかけをしただけです。

コメント

レジュメをベースに要約をまとめていますが、Rising氏の発表はしゃべりが面白く、英語もきれいで聞き取りやすいので興味を持たれた方はぜひオリジナルをご覧下さい(1h弱)。今回はオーディエンスとのやり取りが長く、時間が押してしまったようで、最後はちょっと巻いていました。さて、メッセージを表面的に拾うなら「仕事のし過ぎは体に悪いわよ。無理をしないで、きちんと休息をとりなさいね。」というありふれた主張の「仕事のし過ぎ」という部分を、歴史考証を交えて「カフェインの摂り過ぎ」に置き換え、発表を面白いものにしているということになると思うのですが、もう少し掘り下げてみたいと思います。


1つ目の論点は「仕事の性質」です。「単純作業ならば仕事の効率は上がるけれども、複雑な作業になると場合による」という話が出てきたかと思いますが、これは多くの人が経験的に知っているのではないでしょうか。私の場合、火のついたプロジェクトで単純な実装作業を延々とやっている時はあんまり寝なくても大丈夫であるのに対し*1、ソフトウェア全体を見渡すようなアーキテクチャの設計やプレゼンの準備をしている時には、とにかく寝ないとダメです。こういった実体験をふまえつつ、産業革命による社会構造の変化が「単純労働による労働者の成立」と「労働管理による資本家の隆盛」であったことを思い起こすと、産業革命期の労働とカフェインとの相性が非常に良かったというのは、それなりにうなずける話のように思います。となると問題は「今現在のソフトウェア開発が、産業革命期と同じ性質の労働なのかどうか」ですね。「そうではない、そうあってはならない」という人と「やむを得ずそうなってしまっている」状況とが複雑に入り交じっているのが今の現状だと思います。


2つ目の論点は「人間の本質的な能力」です。カフェインの話が長時間を占めていますが、Rising氏のメッセージは「コーヒーを飲むな」ではなく、「ちゃんと寝ろ」ですね。休息によって準備される脳のベストな状態こそが、ソフトウェア開発において必要なのだということが暗に示されているように感じます。


もっとも、だからといって始業時刻を無視することも、朝からビールを飲んで出社することも、もはや私たちにはできないわけです*2。Rising氏は問いかけのままプレゼンを終えていますが、ここで示されているのは、カフェインによって無理矢理順応した形ではない、本来的な「人間」としての部分を忘れないようにすること、そして、むしろそちらの方に優れたものを産み出す可能性が潜んでいるかもしれないことではないでしょうか。

関連リンク

*1:そして、確かにコーヒーをガブ飲みしていたような気がします

*2:神がかった才能を持っていれば、あるいは許されるかもしれませんが